仕事に個性なんかいらない。成功するための「型」にはまればいい。

成功するためには、個性も才能もいたない。成功する「型」をどれだけ知って、それを実践できるかだ。これは漫画家、三田紀房先生の著書「個性を捨てろ! 型にはまれ!」に書かれていることです。

三田先生はドラマ化もされた「ドラゴン桜」や「マネーの拳」、「インベスターZ」などの作者であり、僕は大ファンなのです。

情けないことを自信を持って言いますが、僕も「個性」を勘違いした人間の一人です。

それでは、本の内容を紹介します。

個性を出そうとすることが成功への「足かせ」

個性を出そうと、一歩も踏み出さずに、今は考えているとか、何かしようと考えている
あるいは、型にはまった”普通”を見下し、オリジナルを作ろうとしていつまでたっても、まともにことを成し遂げられない。世の中から必要とされる”普通”のレベルも達成できない。

自己表現をしようとして、需要のないものばかり目指している。

『型』にはまること(たとえば就職など)を極度に嫌い、ずるずるフリーター生活を続けながら自分の才能が花開く日を待っている。 その点、ちゃんと『型』がほしいと言える人、『型』にはまることができる人は、いい意味で身の程を知っている。 ありもしない「秘められた才能」などに頼ろうとせず、もっと確実な『型』を選んでいるのだ。

世の中には、成功するための『型』がある。 個性も才能もいらない。ただ用意された『型』にはまればいい。

まず、「才能がないヤツだけが『型』を求める」という意見。 これは多くの人が誤解しているところだけど、本当に才能がないヤツは『型』など求めない。むしろ才能がないヤツほど、自分の「秘められた才能」を信じている。

何も成し遂げていない人間が、個性を出そうとするなんて、遠回りでしかない。
この世界はすでに過去の偉人が残してくれた型でできている。それを利用してしまえばいい。
要領のいい人間は「型」を利用してとっとと成功を収め、後から個性を付け足している。

 

「こうありたい自分」なんて誰も必要としていない

個性を主張することは、それが会社やチームに貢献するかどうかの問題から外れている。たいてい、普通の人間が個性を主張したとしても、オリジナルで画期的で、革命的なことなど生まれない。

そこで個性を主張しても、周囲からしてみれば迷惑でしかない。会社でも、上司はいちいちそんな人間を必要としない。

普通でいいから、求めたことをやってほしいのである。

「型」にはまってくれる人間が必要なのだ。

自分で考える自分の長所、あるいは自分ならではの個性なんて、ほとんどの場合が「こうありたい自分」の姿でしかない。そんなものを押しつけられるのは、周囲からすれば迷惑千万だ。 だから、わざわざ個性的であろうとすることはやめよう。 あえて人と違ったことをすることもないし、カッコつけて中途半端なアウトローを気取ることもない。

 

自己表現なんて金にならない

自分を表現するとか、自己実現とか、そんなふわふわしたことを言っているようでは、いつまでたっても仕事にならない。 他人の需要に応えられなければ、お金にならないのだ。

お金は、他人の役に立って初めて生まれるもの。自己表現でお金を生むなんて遠回りする必要はない。第一、それでお金がもらえるかなんて冒険をする必要がない。

 

仕事とは他人の需要に応えるものだ

よく、仕事について「自分を表現するもの」のように考えている人がいるが、それは大間違いである。 仕事とは「他人の需要に応えるもの」だ。

とにかく、仕事という「型」に自分をはめる。まずは言われた通りにやってみる。上司の言うこと、会社の言うこと、あるは先人たちが残した法則を素直に聞く。それはうまくいくための「型」であるから。

うまく描くとか、面白く描くのではなく、お金がとれるものを描く。うまいとか面白いとかいった漠然とした目標ではなく、「はたしてこの漫画でお金がとれるかどうか」で考えるのだ。だって、それがプロなのだから。

自己表現をしようとすることは、遠回りをすること。遠回りした挙句、「自分には向いてない」なんて言い出してしまう。だったら素直に「型」を利用すればいい。

こうあって欲しい、こういうものが欲しい。それが需要であり、それに答えることで成功できる。

 

オリジナルなんて作ろうとするな

本当の意味でのオリジナルになれる人なんて、多く見積もっても10年に1人、下手をすれば100年に1人の確率だ。 ということはつまり、真のオリジナルになれる可能性なんて、ほとんどゼロなのである。われわれのようにビートルズになれない「普通の人」は、コピーから出発する以外にないのだ。

まだ何も成し遂げてない人間が、個性を主張しようと「オリジナル」を求めても、効率的ではないし、社会はそんなことを求めていない。

成功できない理由を、自分は個性的だから、社会から必要とされていない、と嘆くこともバカバカしい。

つまり、なにが言いたいかというと「オリジナル幻想を捨てろ」ということだ。

コンテンツであろうと、会社の企画書だろうとアイディアとは、ふと天から降りてくるようなものではない。なぜならみんな天才じゃないから。

アイディアを出すにも「型」がある。

それは既存のもの「真似る」こと、そしてそれらの組み合わせを探ること。

エジソンの電球からiPhoneまで、あらゆる発明は元となるなにかがあり、そこにプラスαのなにかが加わった結果生まれたものだ。 つまり、アイデアとは「組み合わせ」なのである。

まずは素直に「型」を身につけそのあとに個性を出せばいい。要は、順番の問題である。

 

個性は後からついてくるもの

型を実践しても個性は必ず出てくるもの。むしろ本当の個性は同じを型を実践した後で発生する他人との違いなのである。

そもそも個性なんてものは、意識しなくても後からついてくるのである。

普通をバカにして、オンリーワンを目指す人間に限って、用意された個性の型にはまっているだけだ。

そもそも「俺って個性的」をアピールしている連中ほど、見事に没個性であるものだ。 たとえば、「本当の自分を探すため」とか言って、インドあたりに出かける連中。 もう、その「インドに行けばなにかがある」と思っている時点で、救いようがない。

普通をバカにするな

世間で「普通」と呼ばれていることができないからこそ、われわれは失敗してしまうのだ。

人並みのこともできないまま、「自分の才能」にかけているようでは、救いようがない。「普通」なことをやり、そこで生まれる他人との違いが個性である。

まずは基礎を、つまり他人と同じことをやっていけばいい。 本当の個性とは、他人と同じことをやっていく中でこそ、明らかになってくるものなのだ。周囲と同じことをやっていく中で、違いを見つけ、そこを伸ばし、自分のものにすること。それが個性なのである。

 

型を利用してとっとと成功しよう

人はうまくいかないと、すぐに自分には向いてないと諦めてしまったり、考えるだけで時間を無駄にしてしまったりする。個性を重んじる風潮により、「型」を身につけることが軽視される。

パクることをかっこ悪いと思わずに、それを型として利用する。それでしか、普通の人間は一歩前に進めない。

 

終わりに

著者の三田先生も、画力は漫画家として低い方だけど、お金をもらえる最低限をクリアすることと割り切り、アイディアはネタとネタを組み合わせ、漫画のストーリーも「対立(喧嘩)するものが面白い」という、「型」にはめて作品作りをしているそうです。

成功するには、才能や個性ではなく、「型」という「うまくいく方法」を学ぶこと。それはもう先人たちが残していってくれているのです。